2015年10月12日

父さん・・・

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84歳の時の親父の後姿・・・👤
懐かしいね・・・ 

親父は鹿児島県警を退職してからというもの
一度は再就職したものの、軽い脳梗塞で倒れ
それっきり家から出なくなった・・・🏠

いつも南側の窓辺の椅子に座って
ずっと単行本読んでたな・・・📖

そして、疲れるとこうして縁側に座り
そこから見える風景を眺めていたようだ・・・ 👀

この景色の向こう側は、我輩が住む坂之上だから
よくこうして眺めては
「ヒロ(我輩のこと)は元気しよるかねぇ・・・」
と言ってたらしい・・・

我輩が小さな頃から覚えている親父は
背中が大きくてな・・・ 

憧れだったなぁ・・・

我輩が商船高等専門学校を受験すると言った時
猛反対した親父だったけどな

「お前みたいな成績悪い奴が受かるもんか!」

と言っていた親父だったけど、本音は
船なんて、そんな危険な職場には
行かせたくないことだったらしい・・・ 🚢

何しろ我輩長男だし
鹿児島がそういう土地柄だから
凄く大事にされていたからな・・・

その分、妹や弟は随分と
冷や飯喰わされていたみたいだけど
その頃は、そんなこと思うことなかったもんな
知らなかったしね・・・そんな事実

商船高専に合格し、中学校を卒業と同時に
初めて親元を離れ、瀬戸内海の島に渡り
入学式を済ませて帰る親父・・・

雨が降ってたな、その日・・・ ☔

小さな連絡船が桟橋を離れ
船べりで手を振る親父の姿がだんだん遠くなり
不安と寂しさで涙が出たな・・・

きっと親父もそうだったと思うよ・・・

周りの若い刑事さんたちからは
「父ちゃん・・・とうちゃん・・・」
と呼ばれて、頼られていた親父・・・

威厳があって逞しくて厳しかったけど
難関を突破して商船高専へ入学した我輩を
とても大事にしてくれた・・・

海上保安庁へ入庁したときなんかは
周囲にその喜びをぶちまけていたみたい・・・
よっぽど嬉しかったんだろうな・・・

海保の制帽を見ると、すぐ被って
我輩に敬礼していたな・・・親父

県警を退職するとき、南日本新聞に
「名物刑事がまた一人消える・・・」
みたいな特集を掲載されてな・・・

ただひたすらに刑事の道を歩んだ親父
コツコツと地道な捜査が好きだった親父

憧れだったな・・・我輩には

亡くなる1年くらい前からは
我輩のこともあまり判らなくなり
背中も曲がって小さくなった親父・・・

家族誰にも看取られることなく
急に天国へ召された親父・・・

我輩は沖縄でその訃報を聞いてな・・・
その日のうちに鹿児島へ帰ったんだが
もう冷たくなっていた・・・

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習字が好きで、年賀状はいつも筆書きだった親父
耳かきをよくしてくれてた親父
小さな頃、銭湯のお風呂上りに
いつも瓶入りヨーグルトを飲ませてくれてた親父
給料がまだまだ1ケタだったのに
58,000円もするギターを買ってくれた親父・・・

ホントにホントに大事にしてもらったな・・・親父には

それに引換え、我輩はオヤジ失格・・・
いや・・・人間失格だな・・・

子供たちにも満足なこと
何一つしてあげられないばかりか
いまだに迷惑ばかりかけているしな・・・

どうしたらいいもんだか・・・困ったもんだ

親父・・・
我輩がそっちへ訪ねて行くときは
芋焼酎ぶら下げて、薩摩揚げ持って行くからな・・・

下界での苦しかったこと、辛かったことは忘れて
2人で想い出話しながら飲もうな・・・🍺

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なあ・・・・・・父さん・・・・・・ 






























posted by youan at 23:45| Comment(0) | 花咲か爺さん旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする